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10年間、毎週パチンコ屋に通っていた
大学2年生のとき、友人に連れて行かれたのが最初だった。その日は4,000円使って8,000円戻ってきた。「え、こんな簡単に増えるのか」と思ったのが、すべての始まりだった。
最初の1ヶ月は運良く勝つことが多かった。初心者の頃は妙に勝てるという都市伝説があるが、今思えば勝ちを大きく記憶して負けを小さく記憶していただけだった。「またあの台に行こう」「今週末こそ取り返せる」という思考がすでに始まっていた。
20代のほとんどをパチンコで過ごした。毎週土日はほぼパチンコ屋にいた。月の損失は最初は1〜2万円だったが、年数が経つにつれて増えていった。最悪の時期は月8万円を超えていた。年間で計算すれば数十万円が消えていたことになる。
30歳のときに、通帳を見て愕然とした。10年間働いていたのに、貯金がほとんどなかった。給料の一定割合が毎月パチンコに消えていた結果だった。
月平均-5万円という数字の重さ
やめようとしてから初めて、ちゃんと収支を計算してみた。クレジットカードの明細と記憶を照らし合わせて、直近3年間の損失を計算した。
直近3年間の推定損失:約188万円。月平均に直すと52,000円程度。毎月52,000円がパチンコに消えていた。
この数字を見たとき、感情がうまく出なかった。泣くわけでも怒るわけでもなく、ただ「そうか、そういう数字なのか」という感じだった。188万円あれば何ができたかという後悔よりも先に、「次の週末どこで打つか」という考えが浮かびかけた。それが依存の怖いところだと、後から気づいた。
やめようとして、何度も失敗した話
「やめる」と決意したのは30歳のとき以外にも、27歳のときと29歳のときがあった。つまり3回「やめる」と決意して、2回は失敗している。
27歳のとき:1ヶ月禁断できたが、友人の誘いで「1回だけ」と行ったら再開した。
29歳のとき:2ヶ月禁断できた。「もうやめられた」と思っていたらストレスの多い時期に「気晴らしに」と行って再開した。
2回の失敗から学んだのは、「意志力でやめようとしても長続きしない」ということだった。「我慢すればやめられる」という方法論は、依存症には通用しない。問題は意志が弱いからではなく、やめることへのアプローチ自体が間違っていたからだと、後から理解した。
GAミーティングに初めて行った日
ギャンブラーズ・アノニマス(GA)という自助グループの存在は知っていたが、「自分がそこに行くレベルなのか」という躊躇があった。「ギャンブル依存症」というラベルを自分に貼ることへの抵抗感だった。
初めて参加したのは30歳の冬だった。大阪市内で開かれているミーティングに、緊張しながら入った。参加者は10人ほどで、年齢も職業もバラバラだった。パチンコをやっていた人もいれば、競馬やポーカーをやっていた人もいた。
ミーティングの形式は「分かち合い」と呼ばれるもので、参加者が順番に自分の経験や気持ちを話す。批判はしない、アドバイスもしない、ただ聞く、というルールがあった。
最初に話したときは「ギャンブルをやめたいと思っています」という一言しか言えなかった。でも他の参加者が話すのを聞いて、「自分と同じような経験をしている人がいる」という事実が、じわじわと安心感になった。「自分だけがおかしいのではない」という感覚は、孤独にやめようとしていた時期にはなかったものだった。
GAに通い続けながら気づいたこと
GAには月2〜4回通い続けた。半年間通ってから、以前と大きく変わっていることがあった。
「ギャンブルがしたい」という衝動は完全にはなくならなかった。パチンコ屋の前を通ると「入ろうかな」という考えが一瞬浮かぶこともあった。ただその考えと自分の間に少し距離が生まれた感覚があった。「浮かんだことに気づく」という状態が以前とは違っていた。
GAで聞いた言葉で印象に残っているのは「今日だけやめる」というフレーズだ。「一生ギャンブルをやめる」という誓いは大きすぎて続かない。「今日一日だけやめる」を積み重ねることが、結果的に長期の断ギャンブルになるという考え方だ。シンプルだが、意志力の使い方として理にかなっていると思った。
代替趣味が果たした役割
GAのメンバーの一人に「やめることだけを考えるより、何か別のことを楽しみにした方が続く」と言われた。ギャンブルが占めていた時間と感情のエネルギーを、別の場所に向ける必要があるという話だった。
試したのはランニングだった。特に理由はなかったが、お金がかからなくて一人でできる趣味として選んだ。最初は5分で息が切れたが、2週間で10分、1ヶ月で30分走れるようになっていた。
ランニングが代替趣味として良かったのは、毎回「昨日より少しだけ長く走れた」という達成感があることだった。パチンコで得ていた「何かを達成した感覚」がランニングでも得られた。負けたときの喪失感ではなく、自分の努力が積み上がっていく感覚というのが、決定的に違った。
その後、読書やポーカー(アミューズメントカジノ)なども試した。アミューズメントカジノのポーカーはゲームとして楽しめて、現金が動かないことで安全に遊べた。「カジノゲームの面白さ」と「現金依存の問題」は分離できるということを実感できた体験だった。
貯金額が変わるまでの時間
パチンコをやめてから最初の3ヶ月は、月5万円分の行動が消えただけで手元にお金が増えていく感覚があった。「増えた」というより「減らなくなった」という方が正確だった。
最初の1年で貯金が68万円増えた。以前なら毎年消えていたお金が残り始めた。2年経った今の貯金額は142万円になっている。10年間ほぼゼロだった残高が、2年で3桁になった。
数字として書くと簡単そうに見えるが、やめ続けることは今でも簡単ではない。ストレスが多い時期には「少しだけなら」という考えが浮かぶ。その都度「今日だけやめる」という言葉を思い出している。
ギャンブル依存は性格の問題ではなく、脳の報酬系に関わる医学的な問題だということを学んだ。一人で意志力だけで戦おうとしても限界があるし、専門家や自助グループを頼ることは弱さではない。もっと早く外の力を借りていれば、10年間のうちの一部は違う使い方ができたかもしれないと思っている。
